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NAGASAKI Kusunoki project

 

長崎には「被爆樹木」と呼ばれる木々があります。

長崎には、原爆の爆風や熱線を耐え抜き、
今も生き続ける30本の「被爆樹木」が存在します。

長崎クスノキプロジェクトは、そんな長崎の「被爆樹木」の保全、保護を行います。

そして、その存在を広く認知してもらうことで、戦争の記憶、被爆の実相を伝え、命の逞しさ、平和への願いを次世代へとつないでいくプロジェクトです。

NEW!

ニュース

News  

2021.11.17

「平和のバス・キーホルダー」販売決定!

「平和のバス」デザインイメージ

長崎市の「小学生アイデアコンテスト」で優秀賞に選ばれた、「平和のバス」のアイデアが、福山雅治さんが総合プロデューサーを務める「長崎クスノキプロジェクト」で実現し、7月28日~11月30日まで長崎の街を運行中です。

「平和のバス」の詳細はこちら

長崎の街を走る世界で一台だけの「平和のバス」の運行がスタートし、SNS等で皆さんからたくさんの熱い反響をいただきました。
実物を見たい! というお声もいただきながら、全国の皆さんに実際に長崎に来て見ていただくことが難しい時世の中、「平和のバス」をより身近に感じていただきたいという想いから、この度「平和のバス」をキーホルダーとして福山さんのアーティストオンラインショップで販売していただくことが決定しました。

なお、「平和のバス・キーホルダー」の利益は、長崎市の【クスノキ基金】へ全額寄付していただきます。

▼「平和のバス・キーホルダー」の詳細はこちら
http://www.asmart.jp/fukuyama_masaharu

2021.08.09
8/30 18:00更新(動画を追加しました)

「長崎クスノキプロジェクトミーティング」動画公開のお知らせ

長崎原爆の被爆76年目を迎える8月9日に、被爆樹木について、そして平和とは何かを、ひとりひとりがあらためて考えることが出来る機会になればとの想いから、『長崎クスノキプロジェクト』ではオンライントークセッション動画を公開いたします。

第一夜

第二夜

第三夜

第四夜 NEW!

「長崎クスノキプロジェクトミーティング2021」と題して開催された本動画は総合プロデューサー・福山雅治さんがプレゼンターを務め、本プロジェクトを支える篠崎桂子さん(長崎原爆資料館 館長)、奥野正太郎さん(長崎原爆資料館 学芸員)、そして長崎で平和活動に携わっている高校生の松山咲さん(家族・交流証言者)、大澤新之助さん(高校生平和大使)が参加します。

動画本編では、「それぞれの活動内容について」「長崎市にある被爆樹木が持つストーリーとその特徴について」「それぞれが思う平和とは、命とは」「私たちが平和な世界の実現に向けて行動できることとは」といったテーマのもと、トークセッションが進行していきます。

【公開日】

第一夜:令和3年8月9日(月・祝)18:00~
第二夜:令和3年8月16日(月)18:00~
第三夜:令和3年8月23日(月)18:00~
第四夜:令和3年8月30日(月)18:00~

※公開日、時間は変更になる可能性がございます。

【参加者】

福山雅治(総合プロデューサー)
篠崎桂子(原爆資料館長)
奥野正太郎(原爆資料館学芸員)
松山咲(家族交流証言者)
大澤新之介(第23代高校生平和大使)

※今回のトークセッションは、
2021年7月下旬にオンライン収録したものです。

2021.07.27

「平和のバス」運行のお知らせ

昨年10月に、長崎市が主催する「令和2年度小学生アイデアコンテスト」にて優秀賞に選ばれた、「平和のバス」のアイデアを、この度長崎バスが提供するラッピングバスとして実現、運行する運びとなりました。

受賞者の小学生(現中学生)の方の「平和の良さを少しでも考えることができたら」という想いと、同じく昨年10月に、福山雅治さんを総合プロデューサーに迎え立ち上げた「長崎クスノキプロジェクト」の「命の逞しさ、そして平和への願い」を次世代へと繋いでいくというテーマが結び付き、この「平和のバス」の実現に至りました。

日本はもちろん、世界の方々にも広く届くことを願い、長崎の街を走る世界で一台だけの「平和のバス」を見かけられた方は、是非TwitterやInstagramにハッシュタグ「#平和のバス」「#長崎クスノキプロジェクト」を付けてご投稿いただければと思います。

総合プロデューサー:福山雅治コメント

受賞された「平和のバス」の絵がとても素敵でした。そして受賞者の方の平和に対する想いに感銘を受け、今回「小学生アイデアコンテスト」と「長崎クスノキプロジェクト」のコラボレーションにより、「平和のバス」の実車化を実現することができました。
この「平和のバス」、僕が長崎で過ごしていた子供のころに、「街で黄色いビートルを見つけたら良いことがある」といった幸せな噂話を思い出しました。
今回の「平和のバス」が皆様の毎日にとってラッキーアイテムになってくれると嬉しいです。
この夏、平和を願う想いを乗せた世界で一台だけの「平和のバス」が長崎の街を走ります。
是非たくさんの方に観ていただけると幸いです。

運行期間:
令和3年7月28日(水)~令和3年11月30日(火)
運行区間:
長崎新地ターミナル~長与ニュータウン・満永・堂崎・福田・柿泊行きなど

「平和のバス」デザインイメージ

「平和のバス」デザインイメージ

「平和のバス」原案となった柚子さん(当時6年生)のアイデア

「平和のバス」原案となった小学6年生(当時)の作文

小学生による「まちづくり」アイデアコンテストとは
これからのまちづくりを担っていく子どもたちに、まちづくりについて考えるきっかけにしてもらい、「長崎市よかまちづくり基本条例」の基本理念を広めるために小学生による「まちづくり」アイデアコンテストを平成28年度から開催しています。令和2年度は20作品が優秀賞を受賞しました。

ムービー

Movie  

Details

被爆樹木は、今日も長崎の人々の暮らしと共に立ち続けています。

その一本一本に、戦争の記憶と、生命の物語があります。

被爆樹木

Trees  

30本全ての被爆樹木を見る

被爆樹木マップ

Map  

長崎市の30本の被爆樹木をマッピングしました。
円の地点が爆心地(上空500mにて炸裂)。
それぞれの被爆樹木をクリックすると、よりくわしい写真と説明を見ることができます。

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クスノキ基金について

Donation  

長崎市出身のシンガーソングライター・俳優の福山雅治氏は、2014年に被爆クスノキをモチーフにした楽曲「クスノキ」を発表しました。

その楽曲と共に巡った全国のライブ会場や、オフィシャルホームページに寄せられた「クスノキ募金」(所属事務所㈱アミューズが窓口)を、山王神社の被爆クスノキ他被爆樹木の保存により活用してほしいとの想いから、長崎市に全額寄附されました。

それをきっかけに長崎市は、被爆樹木の保存・活用を推進していくため、2018年12月に「クスノキ基金」を設置いたしました。

「平和への願い、生命の逞しさ」の象徴である「山王神社大クス」をはじめ、長崎市には原爆の爪痕を残す「被爆樹木」がたくさん存在します。現在は、このクスノキ2本を含め、爆心地から4キロ圏内の30本が保存の対象となっています。このうち民間所有の21本については、基金を設置する前、整備費の4分の3を長崎市が補助していましたが、基金を設置したことによりクスノキ基金から充てられるようになりました。

また、ふるさと納税からの寄付も加わり、2019年2月には多くの皆様の想いで寄せられた基金を、被爆樹木の保存に充てるだけでなく被爆樹木を平和のシンボルとして、国内・世界に発信していく事業にも活用できるようにしました。

FAQ

faq  

被爆樹木とはなんですか?
長崎では、原子爆弾により被災した樹木を「被爆樹木」と呼んでいます。

一般的には、原爆に限らず、空襲の被害にあった木々を総称して被爆樹木と呼んでいます。特に、長崎においては、1945年8月9日の原子爆弾により被災した樹木が一般的に、被爆樹木と呼ばれています。
原子爆弾は、一瞬にして膨大なエネルギーを放出し、それが爆風や熱線、放射線として、地上にいた全ての人々を襲いました。長崎市では7万人以上がなくなり、都市の1/3が破壊され尽くしました。ある樹木は爆発のエネルギーを真上から受けて裂け、ある樹木は火災とともに焼け落ちました。そのような悲惨な状況の中、辛うじて生き残った樹木が被爆樹木です。生き残った被爆者は、樹木が葉を1枚1枚つけていくのを見て、生命の力強さに勇気づけられました。現代を生きる私たちにとっては、被爆者が体験した過酷な状況、そこから息を吹き返す命のたくましさを感じる「よすが」となっているものです。
被爆樹木は30本だけですか?
保存対象となっている被爆樹木が、30本です。

長崎市では、被爆した建物や橋、樹木などを合わせて「被爆建造物等」と呼んでいます。その被爆建造物等の中で保存対象としている樹木が30本です。
原爆被爆当時に存在し、現在も生きている木は、その30本以外にも長崎市内に多くありますが、爆心地から概ね4km以内にあり、被爆の生々しい傷あとや、地域や社会の被爆の実態を物語る樹木を保存対象としており、その数が現状30本ということになります。
被爆樹木に放射線は残っていますか?
いいえ、残っていません。

長崎や広島の原爆では、「放射性物質」ではなく「放射線」そのものが樹木を通過し、被爆をしました。通過した放射線は樹木の中には残っておらず、空気中を通過していく中で減弱していってすぐに消えてなくなりました。
被爆樹木の表面や内部に放射線が残っているということはありません。
クスノキ基金へ寄附はできますか?
はい、できます。

下記の方法で寄附していただくことが可能です。
1.寄附
個別で寄附を受付けております。寄附金は、直接、原爆資料館へお持ちいただくか、現金書留での送金をお願いします。領収書は後日お送りいたします。
2.募金箱
募金箱を長崎市役所と原爆資料館に設置しています。
・長崎市役所本庁1階ロビー
・原爆資料館インフォメーション、事務室
3.ふるさと納税
ふるさと納税(がんばらんば長崎市応援寄附金)の使い道の中で、『2.クスノキ(被爆樹木)の保存』 があります。希望の方はこちらをクリックしてください。
(※ふるさと納税サイト「ふるさとチョイス」のページへジャンプします。)

学芸員からのご案内

guide  

なぜ、被爆樹木の保全が大切なのでしょう?
原子爆弾を含む核爆弾は、一度使用されると、取り返しのつかない被害を、個人、地域、社会にもたらします。そのことを、今までは多くの被爆者の方々が、自分が経験した壮絶な体験を話すことによって、私たちに伝えてくださいました。
しかし、被爆から75年以上が経過して、被爆体験を直接聞くことは、どんどん難しくなっています。
被爆樹木は、話をするわけでも、何かを見せてくれるわけでもありません。でも、被爆樹木が抱えてきた傷を見つけ、樹木を大切に守ってきた方々の思いに触れるとき、被爆樹木という存在から何かを感じ取っていただけるのではないかと信じています。
被爆者の方々から被爆体験を直接聞けなくなっていく状況だからこそ、被爆樹木を保全することに意味があります。
被爆樹木を見学する際に、ぜひ感じていただきたいこと。
五感を使って見学してください。幹の色や質感だけでなく、状況が許せば手触りや匂いを嗅いでみることもよいかもしれません。治療の傷痕が残っている木もあります。痛々しさを感じる反面、青々と茂る葉を見ると、それでも生きている樹木の生命力を感じることができるでしょう。
また、その樹木だけでなく、周囲の環境にも目を留めてみてください。爆心地の方向を眺めながら樹木を見ると、その木が被爆した時にどんな感じだったのかイメージできるかもしれません。また「被爆樹木の影に隠れていたので助かった」という被爆者の方々の証言もあります。実際にこの木の影に隠れてみるのもよいかもしれません。そして、より広く目を配ってみると、被爆樹木を守ってきた所有者や地域の人々にも思いを馳せることができるでしょう。何気なく目の前を通っていく人々を見守っている大木が、実は壮絶な場の目撃者でもあったことを意識して見ると、また違った見方ができるかもしれません。
他にも、時間を変えて2回見てみるのもよいことです。朝焼けや夕焼け、太陽が真上に来ている時や夜の被爆樹木、それぞれの樹木が生きている場所によって、どの時間帯の被爆樹木に感動できるか、それぞれのベストタイムを見つけられるかもしれません。
被爆樹木を守るために、行っていること。
日々、所有者の方々が、樹木自体を見守ってくださっています。長崎市では、樹木のお医者さんである樹木医の方々にお願いして、年に1回の被爆樹木パトロールを行っています。このパトロールでは、樹木医の目から見た樹勢や病害虫の有無、その他治療が必要な場所がないかなどを1本1本チェックしています。
この樹木パトロールで、治療が必要となった樹木は、所有者の方々と相談し、クスノキ基金も活用した治療を行っています。
治療には、土壌改良、施肥、支柱の設置、薬の塗布、特別な剪定などの方法がありますが、その樹木に合わせて、樹木医さんと一緒に選んで行っています。
被爆樹木が生き残ってきたわけとは。
被爆樹木が現代まで守られてきたのには、非常に多くの要因が関係しています。
被爆樹木が生きている場所の特性、爆心地からの位置関係、周囲の火災に巻き込まれたかどうかなどによって、被爆樹木の生死が分かれます。その後、人々が生き残るための燃料や建材、家屋や道路の拡張に伴う伐採や、台風や洪水などの自然災害、古木であることによる自然死など、さまざまな要素で被爆樹木が失われる可能性がありましたが、それらを全て乗り越えている木が、今日まで生き残っています。
そう考えると、所有者の方々が被爆樹木に対して思い入れを持ち、大切に世話をされていることがよくわかるのではないでしょうか。

長崎原爆資料館 学芸員