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NAGASAKI Kusunoki project

 

27長崎医科大学附属医院クスノキ

【樹木データ】

  • 樹種

    クスノキ

  • 高さ

    約18m

  • 幹回り

    3.4m

  • 所有者

    国立大学法人長崎大学

  • 見学

    可能

 

現在の長崎大学医学部の前身である長崎医科大学は、その医学教育の源流を江戸時代末期の医学伝習所(1857年)にまで遡ります。現在地に移転したのは1891年で、以後、長崎における医学教育の中心地としての地位を占めています。臨床講義や実習を行う病院は1902年に現在地に開院しました。被爆当時の名称である長崎医科大学となったのは、1923年のことでした。

長崎医科大学附属医院は、現在の長崎市坂本1丁目、長崎大学病院と長崎大学歯学部の敷地にありました。鉄筋コンクリート造の建物の屋根には赤十字を塗装し、ここが病院であることを上空からわかるようにしたり、外壁に迷彩を施すなど、空襲の被害を受けないよう備えていましたが、爆心地から0.7kmの位置にあったため、甚大な被害を出しました。

特に爆心地に面した北側の建物で外来の診察を行っていた角尾晋学長をはじめ、多くの教授や看護師が亡くなりました。犠牲者は、隣接する基礎キャンパスなども含め、学生や教職員など898名にものぼりました。

爆心地に面していない南側で被爆した教授陣は、自ら負傷しているにもかかわらず、助けを求める他の被爆者の救護にあたり、医学教育を再興していきました。

長崎医科大学附属医院のクスノキは、敷地のなかで最も爆心地から離れている南側にあり、爆心地に面している方向に鉄筋コンクリートの病棟があったことから、枝葉を吹き飛ばされたものの、戦後芽吹き、いまは多くの実をつけるほどです。

周囲の建物は移り変わりましたが、長崎大学歯学部本館の正面エントランスで大きな樹冠をつくり、世界で唯一の核兵器の被爆経験をもつ医学校を見守りつづけています。

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